2012年4月10日火曜日

All The Rowboats リジーナ・スペクタ(Regina Spektor)

そう来たか。歌っているRegina Spektor本人が語ったところによると,この曲は美術館の有名絵画(ゆえにガラスケースに入れられている)について歌ったものとか。とはいうものの,それが全てだとはとても思えません。むしろモノや生物に対する我々人間の態度の変化のメタファーではないでしょうか。例えば浮世絵。200年前には,ありふれたものでしたが,今では貴重な美術作品となってしまったため,素手でさわることなど最早許されません。確かに非常に珍重されていますが,それゆえアートとしては寿命が尽きかけているような気がします。歌詞自体は非常にわかりやすい。「音を奏でないヴァイオリンはもはやヴァイオリンではない。ヴァイオリンの形はしているが,もうその使命を果たしていない」と誰かが言っていましたが,まさしくその通り。歌詞に出てくる傑作(masterpiece)は,同時に著名人を表していると思います。EminemがBeautifulで語ったように,彼らは最早その他大勢に紛れることはできません。
This wasn't what I expected.  They say the singer herself told that the song is about famous  (therefore preserved in a glass showcase) pictures in a museum.  I don't think that's all what the lyrics are about.  Rather it's a metaphor of our attitude towards animals and things.  For example, think of a copy of Ukiyo-e printing.  These days it's considered as an invaluable art and preserved in a glass showcase or a vault of a museum, which we can no longer touch with our bare hands.  About 200 years ago, however, it was not.  Now they are highly appreciated but as an art, they are dying.  The lyrics are pretty self-explanatory.  I read someone wrote "A violin without music ceases to be a violin.  It resembles the object, but it no longer shares its purpose."  True.  I think the masterpieces in the lyrics also represent celebrities.  As Eminem mentioned in his 'Beautiful', they can no longer "blend in with the rest of the room."
All The Rowboats  (Regina Spektor)
All the rowboats in the paintings
They keep trying to row away
And the captains' worried faces
Stay contorted and staring at the waves
They'll keep hanging in their gold frames
For forever, forever and a day
All the rowboats in the oil paintings
They keep trying to row away, row away

Hear them whispering French and German
Dutch, Italian, and Latin
When no one's looking I fetch a sculpture
Marble, gold, and soft as satin
But the most special are the most lonely
God, I pity the violins
In glass coffins they keep coughing
They've forgotten, forgotten how to sing, how to sing

First there's lights out, then there's lock up
Masterpieces serving maximum sentences
It's their own fault for being timeless
There's a price to pay and a consequence
All the galleries, the museums
Here's your ticket, welcome to the tombs
They're just public mausoleums
The living dead fill every room
But the most special are the most lonely
God, I pity the violins
In glass coffins they keep coughing
They've forgotten, forgotten how to sing

They will stay there in their gold frames
For forever, forever and a day
All the rowboats in the oil paintings
They keep trying to row away, row away

First there's lights out, then there's lock up
Masterpieces serving maximum sentences
It's their own fault for being timeless
There's a price to pay and a consequence
All the galleries, the museums
They will stay there forever and a day
All the rowboats in the oil paintings
They keep trying to row away, row away
All the rowboats in the oil paintings
They keep trying to row away, row away…

油絵のなかの手漕ぎボートは
画面から漕ぎ出そうとしてる
絵の中の船長は,心配そうに
いつまでも顔を歪めたまま,波を見つめている

金色の額に収められたまま,美術館の壁に吊るされ
一日中,そしていつまでもそのままだ
油絵のなかの手漕ぎボートは
ずっと画面から漕ぎ出そうとしている

耳をすませてごらん 絵画は画家の言葉を喋る
だから様々な言葉が聞こえてくる:フランス語だったり,ドイツ語だったり
オランダ語やイタリア語,ラテン語の時もある
見咎める人がいない時は,彫刻をひとつ取ってくる
大理石と金で出来た,サテンのようになめらかな手触りがする彫刻だ
だけど,一番値打ちのあるもの,ヴァイオリンには手が出せない
他の美術品とは,離れたところに厳重に保管されてる
哀れなヴァイオリン達は,特別に値打ちがあるがゆえに
ガラスの展示ケースの棺桶の中で,ずっと咳をし続けてる
その音色を知るものはもう誰もいない

まず灯りが消え,鍵がかかり
傑作は終生囚われの身となった
長い時を経ても,決して色あせない極上の作品だったから
当然,選ばれし者ゆえの苦悩もある
犠牲になるものもあるし,負わねばならぬ責任もある
それがギャラリーでも美術館でも
(さあチケットをどうぞ,墓場へようこそ)
美術作品にとっては,一般に公開されたただの巨大な陵(みささぎ)なのだ
展示室の中で,美術作品は生ける屍となっている
他の美術品とは,離れたところに厳重に保管されてる
哀れなヴァイオリン達は,特別に値打ちがあるがゆえに
ガラスの展示ケースの棺桶に入れられ,その中でずっと咳をし続けてる
その音色を知るものはもう誰もいない

金色の額に収められたまま,美術館の壁に吊るされ
いつまでもずっとその状態だ 一日中
油絵のなかの手漕ぎボートは
ずっと画面から漕ぎ出そうとしている
まず灯りが消え,鍵がかかり
傑作は終生囚われの身となった
長い時を経ても,決して色あせない極上の作品だったから
当然,選ばれし者ゆえの苦悩もある
犠牲になるものもあるし,負わねばならぬ責任もある
金色の額に収められたまま,美術館の壁に吊るされて
一日中,そしていつまでもそのままだ

油絵のなかの手漕ぎボートは
ずっと画面から漕ぎ出そうとしている

油絵のなかの手漕ぎボートは
ずっと画面から漕ぎ出そうとしている

6 件のコメント:

  1. なかなかの“力訳”で、この饒舌難解な詩を理解するうえでたいへん参考になりました。個人的な気がかりは、

    > 絵画は画家の言葉を喋る
    whisperの主語はcaptainsではないのか?

    > その音色を知るものはもう誰もいない
    原文の主語述語関係をを訳文も踏襲したほうが、痛切哀切な状況がよりスルドク強力に伝わるのはないか?

    あたりです。

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    1. コメント並びにご指摘ありがとうございます。まず,整理させていただきますと,ご指摘の点は①Hear them whispering French and German, Dutch, Italian, and Latinの箇所のwhisperの主語がcaptainsではないかという点,②They've forgotten, forgotten how to sing, how to singの主語はthey(=violins)であるゆえ,訳文もviolinsを主語してはどうかという2点と理解いたしておりますが,これで間違いございませんか?ただ申し訳ないのですが,そろそろ昼休みも終わります。この認識で問題がないようでしたら,後程それぞれの点について,またこちらのコメント欄でご回答申し上げますので,今しばらくお待ちいただければと存じます。また上記の認識に誤りがございましたら,お手数ですが,その旨またこちらのコメント欄でお知らせいただけると助かります。

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    2. お待たせしていたしました。まず①の点についてご回答申し上げます。私はこの部分の主語は画家だと確信しております。理由は以下の通り:

      1)row awayということは漕ぎ出さんばかりの勢いがあるという意味だと理解いたします。仮にもcaptain(船長)ですから,自ら漕ぎ手になっていようはずはなく,おそらく漕ぎ手に檄を飛ばしているのだと思われます。ただ通常,檄を飛ばす場合,whisper(ささやく)ことはないと思うのですがいかがでしょうか。
      2)また,French and German, Dutch, Italian, and Latinとありますが,最後のLatin(ラテン語)は,主に教会や大学等の世界で使用される言語で,基本的には文語です。いかに船長とは言え,手漕ぎボートに乗る人物が,しかも海に浮かぶボートの上で口にする言葉とは思えません。仮に口にしてもその場にいる誰も理解できないからです。

      次に②ですが,この点については,なるほど仰る通り,ご指摘はごもっともです。ただ,その箇所の前で,既にヴァイオリンは棺に入ってしまっております。幸い,擬人化してあるので,仮にこれを人間の歌手だとして考えてみます。亡くなって棺におさめられた人に「あの人はもう歌を忘れてしまった」というでしょうか?「あの人の歌はもう聴けない」と言う方が,日本語としては自然に響くと思われるので,あえてあのように訳しております。また,これも私の勝手な思い込みかもしれませんが「歌を忘れた」と言う表現には,忘れた主体をやや責めるような響きが感じ取れるような気がいたします。しかしこの場合,ヴァイオリンに罪はありません。そこであのような表現になっております。
      以上のような説明でご理解いただければと思っております。

      しかし今回ご指摘をいただき,ご説明申し上げる作業が思いのほか楽しく,久しぶりに日頃あまり使っていない脳の部分をフル稼働させることができました。お礼を申し上げます。また,比較的地味な曲なので,コメントが付いたこと自体も非常に嬉しく,これでやっとこの投稿も「一人前」になったような気がしております。

      さて,このサイト匿名様がすでに多数おいでになります。今後も是非お話を伺いたいので,お差し支えなければ,どのようなお名前でも結構ですので,何かお名前をいただけると助かります。また別館(twitter)の方でも余談を展開中です。お時間があればそちらへもおいでください。お待ちしております。

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  2. 迅速で詳細なご返事、ありがとうございます。

    まあ、感覚というものは個人々々で違ってて当然なんですが、私は、

    1)に関しては、二連目冒頭のthemは、あとにそれを示唆する句がないかぎり、一連目の“主人公”であるのが自然なので(そのほうが詩全体が生命感を持つので)、captainsでなければ、rowboatsかなぁ、とも思います。一連目の最後がThey keep trying to row away, row awayですし。Latinに関しては、Reginaの歌詞はどこに何が出てきても驚いてはいけないのでしょう。とにかく「こんな額の中に閉じこめられてやだね」とか「なんか逃げ出す方法ないかね」などと、互いにwhisperしているのでしょう。画家ととるのは、あまりに唐突と思います。

    2)に関しては、「歌を忘れた」のではなく「how to singを忘れた」という本人の悲しい状況が日本語で表せれば、理想的なのですが…。私も今のところ、“名訳”は思いつきません。忘れるという動詞を使ってる以上、ガラスの棺桶と比喩しても、まだ死んでるわけではないですね。

    名前に関しては、お知らせするなら本名であるべきと思いますし、今後のコミュニケーションの中でそうすべき雰囲気になってくるかもしれませんね。Twitterは、あの大量の玉石混淆のツイートにつきあう時間的スタミナ的余裕がなくて、今はごぶさたしています。

    いずれにせよ今回は、良い訳詞+詳細なご説明をいただき、とても充実した一日でした。ありがとうございました。

    p.s.似たようなReginaの詩に、Usがありますね。あれも奇妙奇天烈でありながら、聞く者に迫るものがある…。

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    1. 早速のお返事ありがとうございます。己の無知を晒すようで大変恥ずかしいのですが,実は私は海外滞在経験もなく,大学で専門的に英語を学んだわけでもないので,和訳をする際,とりわけこの曲のように難解な曲を和訳する際には,海外の歌詞サイトを参考にしております。
      このサイト,コメント(解釈)に多くの支持を集めることは容易ではありません。歌詞の理解に有益な情報,あるいは瞠目すべき斬新な解釈などがあってはじめて多くの支持が得られます。
      実はこの画家,すなわち「その絵を描いた画家の言葉」という解釈はそこで見つけたもので,かなりの支持を集めていたと記憶しております。
      しかし,いずれにしても,本当のところはこの曲を書いたRegina Spektor本人にしかわかりませんし,逆に言えば,このように様々な解釈を可能にする点こそがこの曲の素晴らしさであるとも言えましょう。

      寡聞にして,お話しの彼女Usという曲は存じませんが,音楽にお詳しい匿名様のような方が評価なさるのですから,素晴らしい曲に違いないと存じます。

      今日は本当にありがとうございました。

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  3. 追伸:
    直後に気がついたのですが、them == sculpturesの線もアリですね!

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